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強烈な格差社会のサンフランシスコと「プア充」にあふれるベルリン


 

今年の10月に10日ほど滞在したサンフランシスコについて、備忘録とちょっとした振り返りを。

今年は結構色んな場所に行ったけど、サンフランシスコの滞在はなかなか強烈なものだった。行ってみてはじめて分かる空気感というのがあったように思う。

一応「スタートアップの原点の場所で、そのカルチャーについて学ぶ」という大義名分を立てて、行ってみた。それ以外に、久々に疎遠になっていた友人と会うといった目的もあった。アメリカに行くのは実に10年ぶりだったので、久々のアメリカを体験してみたいという好奇心もあった。

10日間の滞在期間のあいだは、10年ぶりに友人にあったり、某VCがオーガナイズしていたカンファレンスに参加したり、500Startupのデモデイにいったり、優しい友人の紹介でピクサーやPinterestに見学にいったりと、充実した時間を過ごすことができた。

とはいえ、一番衝撃的だったのはサンフランシスコの物価の高さと強烈な格差社会だった。

強烈な格差社会

サンフランシスコの不動産が高騰しているというのは聞いていたけど、実際に話を聞いて驚いた。市内に住みたいのであれば、ワンルームアパートでも月に2000ドルはするという。ルームシェアでも、一部屋1000ドル以上は軽くいくとか。

多くのテック企業が成長し、超高額な給与で人材を必死で取り合っているなかで、サンフランシスコ市内の家賃の高騰ぶりは異常な状態になっている。

こうしたジェントリフィケーションに対して、元々サンフランシスコに住んでいた人や所得水準が平均以下の人が不満を募らせるのは当然で、その結果グーグルなど高所得者が勤める企業への批判が高まっている。

10年ぶりに会った友人は、数年グーグルに勤めたあとに独立したばかりだったのだけれど、グーグルに勤めていたあいだはグーグル社員であることをあまりオープンに語らないようにしていたそうだ。話し相手によっては、態度が変化するからだ。

彼とピクサーを見学したあと、ガソリンスタンドに寄ったのだけど、まだ私たちがピクサーの見学者用シールを胸に付けっぱなしにしていたことに気付いた彼は「あ、これは早く取らなきゃね。敵対心を表す人もいるから」と言って、慌ててシールを引っ剝がした。

「今の状態はバブルだと思う?」と彼に聞いたところ「もちろんだよ!」と即答された。

あと、ホームレスの人々の多さにも驚いた。しかも、エリアごとの断絶が激しく、景気の良さそうなカフェやショップが立ち並ぶエリアを通り抜けたと思ったら、突然ホームレスの人々がたくさんいるエリアに突入するのだ。

ベルリンとの違いを体感

ドイツの中でも比較的低所得者が多いベルリンでも、ホームレスの人々というのは少なからず見かけて、地下鉄の中で小銭を要求されたりすることも結構ある。

だが、サンフランシスコで見かけた、話しかけられたホームレスの人々というのは全体的にずっとジャンキーな感じだった。目つきの感じとかでそう思ったし、ベルリンでは経験しないような汚い言葉をかけられたことが10日間という短い期間ながらも何度かあった。

個人的な印象でしかないのだけど、ベルリンは貧しくても、それなりに生活を楽しめるオプションがまだまだ残されていると思う。高級レストランに行かずとも、緑あふれる公園や川沿いで1ユーロもしないビール片手に長々と友人と語り合ったり、だらだらと古本を読んだりして気楽に時間を楽しむことは可能だ。リア充ならぬ「プア充」が多いのだ。

でも、サンフランシスコで貧しいながらも生き抜いていいくのは、相当大変だと思う。格差が大きい社会がもたらすデメリットの一つは、社会の軋轢が大きくなることだろう。人間同士の優しさやリスペクトが失われていく。

タクシーの運転手ともめる

軋轢といえば…今回の滞在中にはタクシーの運転手ともめるというレアな経験もした。

夜の11時過ぎ、歩き疲れた友人と私は、通りでタクシーをつかまえて宿泊先に戻ることにした。だが、乗り込んだタクシーは、私たちが告げた行き先とはまったく逆方向に進んでいく。

それに気付いた友人は「あの、方向が違うんですけど?」と運転手に話しかけるが、彼は「お前たち観光客が俺よりも地元について詳しいと思ってるのか?」と言わんばかりに、私たちを無視して車を走らせ続ける。何度かやりとりをして、らちがあかない、こりゃもうダメだとあきらめた私たちは、赤信号で車が止まっているときに外に出ようとするが、「おい、勝手に出るな、金を払え!」と怒鳴られ、私はもっていたトートバッグをつかまれた。私は必死に振り払って車から降りた。友人は即座に警察を呼んだ。

警察を待っているあいだ、運転手は途中で自分の間違いに気付いたそぶりを見せて「ああ、俺が間違えた。疲れていたんだ。すまなかった」とあやまり始めた。

結局、数分後にパトカーがやってきて(しかも、なぜか三台もw)、お互いの興奮がおさまったあと、そのもめていたタクシーの仲間のタクシーで私と友人は宿泊先に戻った。

もうタクシーを使う気が萎えてしまった私は、翌日は配車アプリのUberで車を調達したのだが、前日の一件についてUberの運転手に話すと「50代の地元のおじさんがやってるタクシーなんて、そういう礼儀知らずで横柄な人が多いんですよ」と批判的に語っていた。

地元の友人にも今回の件について話したら「ぜったいUberやLyftを使った方がいいよ」とアドバイスされた。確かに今回の滞在中にUberも何度か使ったが、嫌な経験などしたことはなく、安心感をもって利用することができた。

地元のテック業界層は、当たり前のように配車アプリを使っているようだ。同時に、そうした競争にさらされながら、あの日もめたタクシーの運転手も客が少なくなり、生活が苦しくなっていったんだろうか?などとふと思った。

15年前のアメリカ

アメリカに初めて来たのは1999年のことで、もう今から15年前のことだ。

Allan Weis氏というアメリカ人が設立した非営利団体Advanced Network and Servicesが運営していた国際的なWeb教材開発コンテストThinkQuestに高校3年時に参加していた私は、南アフリカ、カナダ、インドのチームメイトと共にネットで共同作業をしながらウェブサイトを作成し、ファイナリストに選ばれ、ロサンゼルスで開催された授賞式に招待されたのだ。

授賞式にまで招待してもらい、賞として奨学金までいただいた。インターネット黎明期だからこそ実現できたプログラムだと今振り返ると思うのだが、当時はそんな寛大な扱いを受け、LAで出会った優秀な学生たちをみて、とにかく「アメリカってすごい!」とものすごい感動と衝撃を受けた。チャンスにあふれ、外国人に対してもオープンで寛大なアメリカ、というのが当時の私の抱いていた印象で、そんな私のアメリカ熱はその後も数年続いた。

今回、10年ぶりに出会った友人というのは、実はそのThinkQuestで一緒にチームを組んだインド人の男性だ。優秀な彼は大学からアメリカに渡り、その後も大手テック企業を渡り歩いて、つい最近グーグルを卒業したばかりだ。そんな彼と、15年前に一緒にチームを組んでネット上で作業をしていた日々のことを懐かしく語り合いながら、インターネットに触れたばかりの日々の興奮を久々に思い出していた。

今のこのサンフランシスコのスタートアップ熱も、その当時私が興奮していたインターネットや情報技術の延長線上にあることを思いながら、一方で思わず目をそらしてしまいたくなるような影の部分も見せつけられ、うまく整理のつけられない気持ちが今も私の中でくすぶっている。

2015年3月16日:
Photo Essay: サンフランシスコ」を追加しました。

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