Serial Foreigner

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第一線のアメリカ研究者が自らのオンライン・デーティング体験を綴った『ドット・コム・ラヴァーズ』を読み返す


 

5831509222_ec29deaaaf_zvia Flickr by “Guian Bolisay“. Licensed under CC BY-SA 2.0.

先日書いたブログ記事『ベルリンのオンラインデート事情、噂のデートアプリ「Tinder」をちょっと試してみたの巻』の最後に紹介したが、私がもう愛して止まない本『ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書)』が急に懐かしくなって、Kindle版を衝動買いしてしまった(紙の本の多くは、日本を発つ際に売り払ってしまったのだ)。そして、一気に読み返し、ああやっぱりこの本は大好きだと思った。

簡単に本の内容を紹介しておくと、著者の吉原真里氏は、現在ハワイ大学アメリカ研究学部教授を務めていらっしゃり、アメリカ文化研究を専門にされている研究者だ。東京大学を卒業後、アメリカ東海岸の名門校ブラウン大学で博士号を取得され、その後ハワイ大学でのポストを得て、ハワイに移住された。

著者は、2003年にハワイ大学から一年間のサバティカル(授業やその他業務から離れて、研究や執筆に専念できる期間)を得て、ニューヨークに滞在する。その際にアメリカ社会に既に当たり前の出会いのツールとして浸透していたオンライン・デーティングを自らも試してみようと思い立つ。そして、当時のオンライン・デーティングサイト最大手の match.com に登録し、10人余の男性と出会う。その後、ハワイに戻ってからも継続し、やはり10人ほどの男性に会っていく。

本著は、そのオンライン・デーティング体験の記録であり、出会った男性の姿やそのやり取り、関係性からアメリカ社会の断片を描くことを目的としている。「一人ひとりの男性の暮らしや感情という、ミクロな対象に焦点を当てることで、鳥瞰的な像からは見えない、人間臭いアメリカの一端が見えてくるとも思う」と書かれてある通り、オンライン・デーティングについての本というよりもリアルなアメリカ社会が活き活きと伝わってくる本なのだ。

ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書) ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書)
吉原 真里中央公論新社 2008-06
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私はこの本が大好きなのだが、その理由を簡単にまとめてみたい。

著者の相手に対する真摯な態度、大人のやり取りが素敵である

著者は合計で20人近くもの男性と match.comを通じて出会っていくわけだが、中には深い関係(精神的または肉体的、もしくは両方)になった男性もいれば、そうならずに早い段階でデートを続けないと決断をしたケースもある。関係を前に進めるべきか否か、相手との会話を通じて、どこかで判断をしなければならないわけだが、その理由を客観的に捉えていて、そしてその自分の気持ちを相手への敬意を保ったまま伝えようとする姿勢が、すごく素敵だなと感じる。また、逆に相手から関係を進めることを断られることもあるわけで、その受け止め方もとても理性的だ。もちろん、実際に経験した際には、文面以上の複雑な思いに苛まれたであろうということは容易に想像できるのだけど、こうして客観的に文章でまとめることで、自分の過去の異性関係をここまで客観的にまとめられるものかと、感嘆してしまう。

そして、互いの意思がずれている場合でも、多くのケースは友好的な別れで終わっていて、中には良い友人関係を続けている人も少なくなく、そんな大人な男女関係には清々しさを感じる。

二つのアイデンティティを生きる著者ならではの視点

大人の時間のほとんどをアメリカで過ごした著者は、「日本で育った自分」と「アメリカで生きる自分」の二つのアイデンティティを持っている。二つのアイデンティティをもっていること自体を自らのアイデンティティであると考え、それに誇りをもって生きる著者だからこそ、そのややこしさや苦労も深く理解している。その大変さと複雑さについては、たとえば以下のような言葉で語られる。

日常的な用を足す以上に、感情や考えをニュアンスをもって表現するだけの言語力を身につけることはもちろん、表面的な事実や現象を超えて、多文化に入り込み、体感的なレヴェルで理解するには、並大抵ではないエネルギーが必要だ。そして、その文化に入り込もうとすればするほど、その文化と自分の世界観や常識とのあいだの溝が明らかになってくる。その一方で、一度外の世界を知ってしまうと、自分の文化の中でも異邦人のような気分が強くなってくる。複数の文化にまたがって生きるというのは、かなりややこしいものなのだ。

その「ややこしさ」については、私も著者とは違う経験とレベルであれ、少なからず身をもって体験しているので、「そう、そうなのよ…」と思わず上の箇所を読んだ際には涙ぐんでしまった。数年前に初めてこの本をとった際にもこの部分は読んでいたはずなのに、完全に記憶から削除されていたということは、多分ベルリンに来てからの濃厚な異文化体験によって、より上の部分で著者がいわんとしていることを痛切に感じるようになったのだろうと思う。現地の文化を知ろうとすればするほど、生まれ育った文化との違いが浮き彫りになり、同時に自分の文化に対する違和感や疎外感を強く感じるようになったのが、まさにベルリンに移住して以来のこの2年強の私の経験なのだ(つい最近書いた『「年下の者や女性をいじることで、親しみを示す」のは日本特有のコミュニケーション文化?』も、そんな異文化の狭間で感じる違和感の例だ)。

だからこそ、著者が「自分が生まれ育った環境とはまったく違う文化を本格的に研究している男性に尊敬と共感を感じ」、その男性と深い関係を築いていくのはなんだかとても共感できる。私もまた、一つのローカルな文化でしか生きたことのない男性と出会っても、どこかしっくりこないことが多いのは、その点が原因なんだなと理解できた。

そんな風にところどころ著者の視点や経験を自らに重ね合わせながら、自分の男性との関係性についても色々と考えさせられることが多く、それゆえに私にとってこの本は特別な本なのである。

この本が好きな理由は他にもあって、恋愛関係で多用される英語表現についての解説が丁寧にされているという点もある。とくに、長年疑問だった「Date」の意味は、この本を通してよく理解できた。

それについては、また長くなるので次回の記事で書いてみたい。

 

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