Serial Foreigner

<style>
#yuki_logo{
text-align:center;font-size: 14px;color: #383434;
}
#yuki_logo p{
color: #383434;
}

</style>

Pocket


不幸なのは「幸せになる勇気」がないから? 『嫌われる勇気』を読んで思ったこと


 

こんにちは、佐藤( yuki_sat)です。

読書の秋ですね。ベルリンはあっという間に寒くなり、気温が1ケタの日々が続いています。暖房も入り、湯たんぽを抱えて過ごす日々(笑)。すっかり家にこもり気味になり、最近は読書の時間も増えました。

たくさんの面白い本に出会っているのですが、すっかりアウトプットをしてなかったので、メモする感じで最近印象に残った本の情報と感想を残しておきたいと思います。

1ヶ月ほどまえに読んだのが『嫌われる勇気』。アドラー心理学に関する本です。

この本を読み始めたのは本当に偶然で、たまたまamazon で見かけて、その強烈なタイトルに惹かれて手にとってみたところ、すごく面白くて一気に最後まで読んでしまいました。

この本では、世界ではフロイト、ユングと並んで「心理学の三大巨頭」と称されるアルフレッド・アドラーが提唱する心理学について、対人関係に悩む青年と哲人の対話という形で物語が展開されます。

アルフレッド・アドラーについて

私はアドラーのことを知らなかったのですが、欧米では絶大な支持を誇る、哲学者・心理学者であるそうです。アドラーは、フロイトが主催するウィーン精神分析協会の中核メンバーとして活躍していたものの、学説上の対立から袂を分かち、独自の理論「個人心理学」を提唱します。

日本でも有名なフロイトですが、フロイトとアドラーは比較的年齢が近く、対等な研究者として関係を結んでいたとのこと。

先ほども書きましたが、フロイトとアドラー、この二人が提唱する理論には決定的な違いが存在します。それは、フロイトがトラウマの存在を肯定するのに対して、アドラーはトラウマを否定するという点です。

「トラウマの否定」に衝撃

この本を読み進めて最初の「目から鱗」の瞬間が、このアドラー心理学の提唱する「トラウマの否定」でした。

何年も自宅に引きこもっているという友人について語る青年に対して、哲人は説きます。その友人は「不安だから、外に出られない」のではなく「外に出たくないから、不安という感情をつくり出している」と。そして、アドラー心理学でいう「目的論」を説明します。

「目的論」とはなにかというと、現在の行動は過去の結果ではなく、現在における「目的」と考えること。過去の出来事が人格形成に及ぼす影響はゼロとはいわないし、影響は強くあるだろうけれど、「それによってなにかが決定されるわけではない」と考え、トラウマをばっさり切り捨てます。

自分が変われないのは、「嫌われる勇気」が足りないから?

哲人の説明によると、アドラーは性格や気質のことを「ライフスタイル」と名付けたそうですが、それはつまり「「世界」や「自分」に対する見方」のことです。そして、ライフタイルは自ら選びとるものであり、かつ常に選び直すことができるものであるといいます。

トラウマを否定するアドラーは「トラウマがあるから自分は変われないんだ」という者に対して、「それは自分のライフスタイルに原因がある」といいます。変われないのは「変わりたくない」という「目的」があるから。ではなぜ変わりたくないのかといえば、変わらない方が楽であるからといいます。

じゃあ変わるために必要なものはなにか、というという疑問がわいたところで、「勇気」という言葉が登場します。変わる勇気が持てないのは、「他者から嫌われ、対人関係のなかで傷つくかもしれない」という恐れがあるからなのだと。自分が不幸だと思うのは、「幸せになる勇気」「嫌われる勇気」が足りないからではないかと提唱するのです。

劣等感とコンプレックスは違う

さらに、勇気を阻む要因として「コンプレックス」についての説明もされます。これが「目から鱗」の瞬間その2、だったわけですが、「劣等感とコンプレックスは異なる」といいます。

劣等感とコンプレックスという言葉は日本語ではほぼ同義語として用いられますが、意味は異なります。劣等感とは、客観的に見て劣っている状態。一方で、コンプレックスは「劣等感をなにかができないことの原因とすること」。つまり「本来はなんの因果関係もないところに、あたかも重大な因果関係があるかのように自らを説明し、納得させてしまう」ために劣等感を用いることを、コンプレックスというと。

さらに、劣等感を訴えることで優越感に浸るのが「不幸自慢」だといいます。アドラーは「弱さは非常に強くて権力がある」と言っていたそうですが、不幸であることで人をコントロールしようとする行為のことを考えれば、確かにその言葉に納得がいきます。

この本を読んで考えたこと

この劣等感、コンプレックスの説明後も、さまざまなアドラー心理学の考え方を軸にして、青年と哲人の対話は続いていきます。まさに大きな「コンプレックス」を抱えていた青年は、哲人との対話によって最後は大きな気付きを得て、新たな人生を歩み始めます。

私もまた、この本を読みながら、哲人の語りによって何度も気付きを得られて、自分を反省するきっかけを得られました。

やっぱり大きな衝撃だったのは「トラウマの否定」なのですが、時に過去に依存しようとするだけで、「自分の勇気が足りない」ことを考慮しなかったことが私自身にもあったことを反省しました。

読者によっては、このアドラー心理学の考え方になじめない、反発を感じる、という方も少なくないと思うのですが、私は割とすんなり頭のなかに入っていきました。その理由は、この記事でも紹介しましたが、私は10年前ぐらいに認知療法について勉強したことがあるのですが、アドラー心理学は認知療法の考え方とも共通する点が多いからだと思います。つまり「思考は自ら作り出すものであり、客観的な事実と認知にはギャップがある」という考え方です。

つい先日、この本を読んだことがある方と語り合う機会があったのですが、アドラー心理学に感銘を受けたというその方もまた認知療法に肯定的な方でした。

ーーー

あと、やっぱり「弱さは権力がある」という言葉は、結構刺さりました。確かに、これまでの経験に照らし合わせても、「弱さ」を掲げて相手に接することは逆に相手に支配的になることがあるし、また逆にその「弱さ」を掲げる者を過剰に助けることもまた相手を支配することになりかねないと思います。だからこそ、自立が大事なのだなあ〜と。そして、「自立」ってこのアドラー心理学に基づいて考えれば、「あるがままの今の自分を受け入れて、理想の自分に近づくために今この瞬間を生きること」なのかな、と思いました。

他者との関係の築き方や自分の生き方について、たくさん考えるきっかけが得られた良書でした。
この本を時折読み返すようにしたいと思います。

Live in the moment. 🙂

sponsored link

Pocket


,









Comments are closed.

Back to Top ↑